午前中、スーパーへの、買出しの帰りに、ヒャッキン・ダイソーで買い物をした。商品を5つ買ったので525円丁度を用意してたら、レジのオバちゃんが「食料品4つで、420円です」と言う。正直者のギャンブラーである私は「あれ?5個ちゃうの?」「あ、そうでしたか?」「そうでした525円です。はいレシート。」と言うリアクション。レジから離れる時に「気ぃつけやぁ」と声を掛けたが、オバちゃんは、ノーリアクション。
 帰宅の路についた私の中では「レジ係が言うまま420円払って105円得したと帰ってくればよかったのにアホか!」と言う悪魔と、「いや、今、105円儲けても、そのバチが当たって、競馬で10500円負けたら身も蓋も無い」と主張する天使が脳裏で1分抗争をしてた。(リゲ持論→こういう人間がいるからギャンブルには軽犯罪抑制力を持っているはずだ。) 
 彼女のミスによって損するのは「客側」でなく「店側」であり、「店側」は万引きなどのリスクも含めて売上の何%かの「仮想損失」を想定しているから従業員としては、「客に損させようとしたミスでは無い」のだから、大したミスではないと「認識」しているのだろうか?
 それでも現実に「見誤って」いることは事実であり、それは、たまたま「過少」であるだけで「過大」に反転する可能性があると思われ、誰が得するか損するかではなく「見誤った」事に対する注意義務についての「反省」は絶対であるように思うのである。
 以前、ダイソーで買おうとしたパンの袋が破れていたのをレジで発覚。代替品が無いので、既に打ったレジの訂正も面倒だろうと気遣って、レジ横にある商品を加えることで、事を済ませたことがあったのだが、その時のレジ係の対応も、商品管理義務意識の欠落を全く反省していないものであった。「たかだか100円だから」などという意識は今の日本には「悪」であるはずだ。