その字面は同じであっても、書いた人間の意匠とは別に、読んだ人間には様々な印象を与えることになる。そもそも発信元は書いた人間なのだから、書いた人間が伝えたい事が伝えたい人間に、正確に伝われば書いた人間の目的は達せられることになる。

 関西人(と決めつけると誤解を招く事は承知済)は、突っ込む隙があれば突っ込む。突っ込まない事は失礼であると思っているフシさえある。しかし、人の心理は様々で、弱い人間の中には、プライドを傷つけられたと勘違いしたり、極端な例では、「人間性を否定」されたが如くのリアクションを起したりするケースもある。

 伝える事が目的だと言いながら、ウケ狙いの心理もはたらくケースもあるから、突っ込まれるのを前提とした小ボケを行間に忍ばせたり、文字にする事は日常茶飯事である。小ボケなので、そこに理解が及ばなければ、突っ込まれないままスルーされてしまう事もある。人にもよるが、それで、読者のレベルを推し量る場合もある。

 小さいボケを、わざわざ拾って突っ込むほど、暇ではないという感性もあるし、些細な事、誤字脱字、言い回しやブレなどは、一切気にしないというか興味が無い大雑把な人間も、この世の中にはい大勢いる。

 そんな世の中だから、麻生氏のナチス発言が、共同通信によって捻じ曲げられて報じられ、訳され、世界から、叩かれてしまう。その結果、自身の意匠は棚上げして、撤回させられる事になる。