「現場」(ここで言うところの「現場」とは何でもいい。仕事の現場、工事現場、災害現場、事件現場などなど)には、様々な外形を構成して、完成形、未完成形の事象が居並んでいる。完成形は、その場に存在し続ける事で機能する現況保存だけでなく、関係者以外、つまり部外者には知る由もないから、期限付で、その場に存在するのか?取り敢えず、近い将来に整理されるべく、その場に留保されているのかの判断はつかない。

 その状態が「完全無欠」で、特に違和感もないだけに留まらず、変化を求めぬ圧倒的オーラをも発せられているようなケースは稀(まれ)であり、放置することで、状況に変化が生じ、「現状維持」を目的とする関係者にとっては、極めて悪影響を生ずることが想定出来る場合の方が多い。

 だが、(物体を含む)現場のそれらに対する、判断は多種多様で、それが、そこに「未完成」な状態で放置されている事に何らかの意味があるのか否か?つまり、次の作業を待機する状況下で、そこに、その状態で存在するのかの判断は難解である。

 例えば、優先順位が、低いが為に、その状況で放置されており、時間が許せば、着手するべきものなのか、どうでもいいものなのか?時間の経過を伴って、その放置状態がもたらす影響は悪化増大する可能性もある。
 
 その状態には、標準的人間であれば、誰にでも感じる違和感が発せられており(場合によっては、意識的に、その状況にしているケースもあるだろう)、気づいた者が、可能であれば、着手することを、期待、あるいは必然であるものとして、そこに存在するケースも多い。(誰かがやるだろう、あいつが気づいてやるのが当然だ・・他力本願)

 特に優先順には、関わっておらず、見た目は悪いが、それが及ぼす影響は微細で、生産性の低下や、品質悪化には及ばないので、放置され続けているケース。

 只々、現場担当者の怠慢の産物で、所謂「面倒臭いから・・・」という理由だけで放置されているケース。

 存在理由だけで、手出し無用か否かは大きく変化し、部外者とは、常にそんな判断を求められる立場にある。部外者と言っても、その場にいる事が、許諾されていない者や、その現場と、無関係な立場の第3者ではない。

(つづく)