2010年02月

母国の國母







VVオリンピック

建国記念の日の「日の丸」とオリンピックの「日の丸」は似て非なるものなのか?全国民が一瞬、ナショナリズムの意味を考え、愛国と憂国の違いを思いながら「日本」の「代表」に「誇り」を求める事が当然であると考える時なのだろう。税金がいくら使われているかなんて民主党が「仕分け云々」などと言わなければ誰も意識しなかったはずだが、その善し悪しは誰にも解らない。

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カラデミル(トルコ代表)






新議員会館 部屋割り

側近と女子ばかり集めて王様ゲーム...
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ヒール(悪役)は可愛くなくてはならない。

だから、こんなん↓とか
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こんなん↓ではなく
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こう↓で無くては悪役の資格は無い...爆


平原裕香

「推定無罪」の誤認識

 小沢問題でまたもや、世の中で「推定無罪」の誤認識が罷り通っているが「推定無罪」とは「被疑者または被告人が、有罪判決が確定するまでは無罪であるとして扱われる」と言う意味ではなく、グレイだろうがドドメ色であろうがクロでなければ、総てはシロのような稚拙な使用が為されるのは情けない。

逮捕される」ということは何か違法である可能性がある行為をしたという事である。

第199条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる。

「推定無罪」とは、刑事裁判における主張立証責任の原則で、「被告人は無罪と推定されるので、被告人が有罪であると主張する検察官がその被疑事実について立証しなければ、被告人は有罪判決を受けることはない」という意味で使われるべきものである。

 推定無罪(すいていむざい)は「何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される」という立証責任の考え方に基づいた近代刑事法の基本原則である。狭義では刑事裁判における裁判官の自由心証主義に対する内在的な拘束原理としての意味のみで用いられる。無罪の推定という表現が本来の趣旨に忠実であり(presumption of innocence)、刑事訴訟法学ではこちらの表現が使われるが、近時、マスコミその他により、推定無罪と呼ばれるようになった。

 この制度は刑事訴訟における当事者の面を表している。これを裁判官側から表現した言葉が「疑わしきは罰せず」であり、2つの言葉は表裏一体をなしている。「疑わしきは被告人の利益に」の表現から利益原則と言われることもある。

 推定無罪とは、裁判所の有罪判決が確定するまでは被告人は無罪であるという時系列的に当たり前のことを意味するわけではなく、上記のように、検察官が犯罪事実の立証責任を負うという意味である。しかし、報道その他の誤解や推定無罪という語感から、前者の意味で用いられることが多い。このように、推定無罪は裁判所・検察官を規律する証明責任の分配ルールであるから、警察や報道機関を直接拘束しないのは当然である。

 前者の意味で用いられる場合、マスコミや一般国民の感覚において実際には被疑者・被告人の無罪推定は有名無実化しており、逮捕・起訴されたものは有罪、すなわち「逮捕(すること)=有罪(にすること)」「容疑者(被告)=犯罪者」であるとの誤認識が定着している。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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